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2018年5月1日火曜日

釣魚の検量について



以下は潮風会の阿部の個人ブログ「さかなちゃん」に書いた釣魚の記録にまつわるエッセイである。これをふまえて、これからの検量の改善策について、付け加えて持論を最後に書いている。

シアだったかの古い釣りのバイブルに、釣り師が釣った魚の話をするときは両手を縛れと書いてあるそうだ。開高健が書いていた。次第に両手が広がって、このくらいの魚が次第に大きくなっていく。釣り師の話はあてにならないということ。



の記録では、古くは、庄内藩主が釣った最古の魚拓が現存している。有名な庄内釣りは磯釣の源流であり、鶴岡は聖地といっても良い。魚拓はもともとは拓本から由来することは明らか。高校のころ、漢文と書道の時間があって、、、いや、古いね。王羲之の蘭邸序なんてのを覚えている。なんでこんなのが記憶の底に残っているのだろう。漢文の切れ端はイロイロたまに浮上するのだ。え、オマエは明治生まれの教養人かよ?、、、いや、いや、昭和の戦後ですが、何か?
王羲之は江戸時代、明治、大正、昭和の戦前まで神様の一人だった。今ではほぼ誰も知らない。蘭邸序って、なにそれだろう。

この魚拓は天保10年、1839年でいわゆる直接法である。
しかしこの魚拓はどういうわけか、頭が右になっている。普通は頭が左。料理の盛り付けの作法でもあるので。直接法魚拓では頭を右にして取ると反転して左になる。
釣大会では検量済みの証拠として、ウラになる胸ビレをハサミで切るのが常道である。違う釣り師が二重検量する不正を防ぐため。石碑の拓本は間接法で文字は左右反対にならない。間接法魚拓はカラー美術魚拓として発展することになる。

拓本も魚拓も原寸大以外はあり得ない。
魚拓の不正は難しい。全磯連の大物賞に該当する釣魚は魚拓に取ることになっている。自己記録を超えた魚は魚種を問わず取ろうと思うのが普通だった。ウチの会の亡くなった先輩で美術魚拓の教室を主催していた人がいた。霞ヶ関の農水省勤務の人だった。この場合は大きい魚でない方が美しい。目指すところがちがうのだ。

で、魚の検量に戻る。昔は釣り大会で順位を競うのは総重量だった。戦前には、神田釣友会とか浅草などの各町場にあった釣りの会には大関、横綱という番付があったのは有名だ。ハゼ、キス、マブナあたりの釣り物だったから総重量は当然の帰結だったかも知れない。現在も総重量は残っている。ヘラブナとか、マブナ、ヤマベなんかはどうなっているのか。シロギスは?全磯連は2尾の全長だ。

大型を釣るのと、小型でも大量に釣るのとは、どちらを目指すべきなのか。どちらが名誉か?どちらが満足するのか。もちろん魚種により同列ではない。数を釣る魚はやはり数で競うのか。一概にはいえない。ハゼは10束超えとかいう。1000匹である。時速何匹という言い方には驚いた。時速100匹ペースでは10時間で10束。数釣りはワカサギもタナゴもある。でも、数量で競釣すべきじゃない。そもそも、そういう競釣はいかがなものか。競わなくても楽しい釣りはいろいろあり、そういう釣りを目指すべきだろう。

現在、釣業界の企業がスポンサーになっているトーナメントと呼ばれる競釣はだいたい総重量である。磯釣ではほとんどメジナだが、小さい魚でも大量に釣ってしまうという考え方自体が疑問である。仕掛けや釣り方もおかしくなるだろう。

イシダイ主体だった全磯連は一尾の重量制であった。戦前の磯釣倶楽部の源流からの伝統である。多数釣るより大きな魚が偉いとしたが、やはり重量本位だけは慣習を受け継いだのだ。イシダイは貫目以上というのが名誉の分岐点だった。3.75キロだ。しかし1958年尺貫法は禁止された。思うに、貫目を超えると難易度がグンと高くなるからであろう。これが大物賞金バッチと呼ばれて、ウチの会でもメッキの金バッチを作っていた。通常は金メッキ、銀メッキ、銅メッキだけど、昔、ウチの会では普通より大きい18金の本物バッチを作った。通しナンバーがあって、桐箱入り。当時の金価格だが1万円で作った。そのバッチにはビロードみたいな座布団が付いている。議員バッチではない。

魚の重さは産卵前と産卵後で変動する。栄養状態でも変動する。エサが豊富な時とそうでない時ではかなり変動する。季節変動だ。生息環境にもよる。重さは不安定だ。長さはそういうことはない。これが長さを第一とすべき理由だ。

ころが、尾ビレ先端は擦り切れとか、他の魚にかじられたとか、同じ魚種でも尾ビレの長い特異個体と短い特異個体とかあり得る。尾ビレの付け根を叉という。昔の中国の武器の叉の形だから。そこを測るのが叉長である。叉長の方が計測にブレがない。全磯連もしばらく叉長主義の時代があった。ところが、全磯連以外の他の組織が全長制で、比較するとどうしても見劣りして不利である。というのが全長に変えた理由だと聞いたことがある。叉長は全長より2cmから大型では5cmくらい短い。しかし叉のないブダイなどは当然全長一本である。

全磯連の大型賞の認定は指定検量所で検量し、検量印。さらにその後、魚拓提出が必要となっている。私的に勝手に計っただけでは公式には認められない。魚拓は曲面に沿っているので全長よりも長くなるはず。そうなっていないのはおかしい。魚拓の実寸全長が計測全長と同じとなれば、計測方法が疑われる。もしかして、最長点を測っていないかを検証できる。これが魚拓審査だ。

全磯連では全長は最長点ではなく、自然状態の最長垂線の交点である。これは叉長計測の流れ、つまり中央線計測の流れから来ていると思われる。最長点を斜めに計測すれば長くなる。魚拓ではどちらも測れる。ただし、飛行機の翼のような形状の表面距離である。

これを踏まえて、すべて魚拓の記録で比較とすれば信頼できる同一条件となるので組織を問わず、一般釣り師の誰でも同じ土俵に立つので優れているのでは、という考えがある。なるほどと思う。これは拓寸主義とでもいうべきだろう。魚拓はだいたい大物を取る。全長、重量に加えて新たに拓寸のデータを書きこむべきかも知れない。今は無き釣りサンデー社による魚種別の公認記録はこの主義であった。魚拓を釣サンデーに送れば、公認しますよとやっていた。これは最長点の拓寸主義であった。
ここからが付記する持論である。大物を釣った釣り師は少しでも大きな魚でありたいと念じている。現在、全長とは、自然状態の尾ビレ先端から魚体の中心線に垂線を引き、その交点を計測する。組織に属さない釣り人は全長計測といってもまず最大長を計る。それが自然といえば自然である。計測の紛れも少ない。最大長といっても斜めに計るだけで簡単で明瞭である。その計測点をデジタルカメラで撮影しても明瞭に分かる。三宅島で釣れたクロダイの最大長計測写真。
将来、面倒くさい魚拓を取る人は少なくなっていくだろう。慣れた人でも自己新記録を魚拓に取るくらいになるのではないか。大きさの記録では最大長とデジタル秤の数値をデジタルカメラで日付入りで撮影すれば足りる。スマホのカメラは進歩している。誰でもスマホを持つようにすでになりつつある時代だ。

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